Re: wimp

chihosh blog、wimpより。
  • 分裂勘違い君劇場: 不運と理不尽に襲われたとき、うまく切り抜ける人と、逃げ切れずに酷い目に会う人の違い
    つまり、そもそもの前提において、マッチョは社会正義などをアテにして動いたりはしない。

    マッチョの認識では、社会とは、不運と理不尽にまみれた、魑魅魍魎の蠢くベルセルクの世界なので、不運と理不尽に出会っても、いちいちヒステリックに社会正義を叫んだりはしない。

    マッチョが社会正義を叫ぶのは、それが戦略的に意味がある場合だけだ。

    マッチョは自分に責任のない災厄が降りかかってきたときも、あわてず騒がず、淡々と自力で対処する。

    それが道徳的に自分の責任なのか、他人の責任なのかを考えるのは後まわしにして、とにかく事態を収拾する。

    こうして、問題は解決され、プロジェクトは前進する。

    (省略)

    一方、マッチョはほとんど無意識のうちに不運と理不尽のリスクを警戒する。

    なぜなら、不運と理不尽のリスクマネージメントも含めて、自分の責任だと考えるからだ。

    マッチョの多くがパラノイアのようにありとあらゆる不運と理不尽の可能性を事前にリストアップし、対策を立て、戦略的にマネージメントするのに対し、ウィンプの多くは不運と理不尽を戦略的にマネージメントするという発想が欠けていることが多い。

    不運と理不尽は、自分の責任ではないから、そんなことを気にしてもしょうがないとでも思うのだろうか?

    だからウィンプは、ろくな対策もしないまま不運と理不尽に襲われる。しかも、あまりの不運と理不尽さに押しつぶされ、ショックで脳が麻痺してしまい、効果的な具体策が考えられなくなってしまう。そして、効果的に逃げることもできず、立ちつくしたままボコボコにやられてしまう。
あー、大規模系とか戦略系の案件の前線に立つ(立たされる)IAってマッチョなんだなぁ、とこれ読んで思いました。

ってか、ウィンプな勘違いIAが多いから、IAの地位が上がらないのかしら?と思ったりもしたんだけど、ひょっとすると、「マッチョなIA」の時点ですでにIAではなくUXなんじゃないかな?と思ったりしました。

自分が師と仰いでいた人々(誰)とかは、2001年のドットコム・バブル以降、バブルが原因なのか、ニーズに伴ってロールや求められるスキルが変化したのかは真相定かではないですが、IAじゃなくって自らのことは「User Experience Director」って言ってる人が多かったようです。
それって何?っていうと、つまるところ、WebにおけるCreative Directorだったりするわけですが、そういうのはどうも受け入れられなかったみたいですね、日本は。
(今のところ)

ってことで、ウィンプさん、がんばれ!

ってか引用先の記事、長いなぁ(w
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by nobsato | 2008-04-10 03:59 | ExperienceDesign


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